なつお 山口那津男

名前

山口那津男(なつお)
※夏に生まれたことと出生地の那珂湊町の「那」にもとづく

生まれ

1952年(昭和27年)7月12日 64歳(かに座・辰年)
茨城県ひたちなか市生まれ
幼少期から高校卒業まで茨城県日立市で過ごす

体格

身長176㎝、体重75㎏、血液型A型

家族

妻と1女2男

趣味

時間を見つけて読書すること(愛読書:ホイットマンの「草の葉」)
音楽鑑賞(中学時代はトロンボーンを演奏)

食べ物

嫌いな食べ物はない(ナットウは欠かせない!)

モットー

至誠一貫(真心を一筋に貫き通す)

経歴

1978年 東京大学法学部卒業
1982年 弁護士登録(東京弁護士会)
1990年 衆議院初当選(当選2回)
2001年 参議院当選(当選2回)
以来、党参院国会対策委員長、同政務調査会長、防衛政務次官、参院行政監視委員長など歴任。
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現在

党代表、同東京都本部顧問。
外交防衛委員会、国家基本政策委員会委員(平成27年1月26日現在)

 
 

山口なつお物語:学生時代

 
 

小学校

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両親の背中

日立市にできた天気相談所初代所長を務めていた父・秀男は、作家・新田次郎氏の小説「ある町の高い煙突」の題材にもなった公害問題の解決に全力を尽くしていました。
一方、小学校の教員をしていた母・政子は結婚を機に専業主婦となったのち、再び教職に戻ります。
私は両親の背中から、人のために尽くす姿勢を学んだのです。
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中学校

トロンボーンとの出会い

ブラスバンド部に情熱を傾けた中学3年間でした。数ある楽器の中でトロンボーンを選んだのは、広い音域から出る和音の美しいハーモニーとトランペットに勝るとも劣らない強音に魅せられたからです。今でも、あの小さなマウス・ピースは、自宅で大切に保管しています。

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「夜のピクニック」

pic2.png 水戸一高の伝統行事に「歩く会」というのがあります。70キロの道のりを、白いジャージの上に学ランを着て、学生帽をかぶった集団が列をなし、夜を徹して歩くのです。卒業生でもある作家の恩田陸さんの小説「夜のピクニック」のモデルとなり、映画化もされました。

高校

水戸一高の「至誠一貫」

「真心を一筋に貫き通す」というこの言葉は、進学した水戸一高の校訓でした。良くも悪くも謹厳でイデオロギッシュな土地柄の水戸で、強い精神性を学び、100年以上も続いてきた「至誠一貫」の伝統と精神を、生涯の座右の銘にしています。

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大学

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弁護士を目指して

大学を志望するにあたり、新しい時代の建設には、法律への深い洞察と知識が必要だということに気づき、東京大学法学部に入学。社会の不正をただそうと思い、弁護士を目指して司法試験の勉強を始めました。26歳で合格。大阪で2年間の司法修習を経て、弁護士への一歩を踏み出します。

山口なつお物語:弁護士時代

弁護士

DV被害者を救う

東京にある「北・木村法律税務事務所」でキャリアはスタートします。まだ駆け出しの頃、ある離婚裁判を手がけました。依頼人は東京出身の女性。相手は栃木のある市役所に勤める実直そうな公務員。男の子も1人いて、はた目には平凡で幸せそうな家族でした。ところが・・・
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人生最大の転機

「衆議院に立候補しないか?」
日弁連へ出向した直後の話は、まさに青天の霹靂でした。私は、想定外の出来事に衝撃を受けます。即決出来ない4つのハードル。そして背中を押した妻の一言。私は立候補への決意を固めます。
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日弁連嘱託

昇格と出向

最初のころは、おびただしい数の依頼事件を手がけました。4年目のころ、パートナーへと昇格。さらに3年後には、日本弁護士連合会に出向しました。その中で感じたことは、庶民の生活実態に見合う法律を政治家が作るべきであり、さらに、一般の人々に行政が率先して「法律教育」を行うべきだということでした。

山口なつお物語:政治家として

衆議院議員

衆議院議員に初当選

東京10区(足立・葛飾・江戸川)から立候補することになり、ミニ集会などこまめに住民の皆様との交流を深めていきました。定数5をめぐって8人が争う激戦でしたが、支持者の皆様の懸命な応援のおかげで、第3位で当選することができました。37歳の時でした。

地雷除去支援

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1991年7月、カンボジアを訪問した際、地雷で手足を失った子どもたちと出会い、胸がしめつけられる思いに駆られました。現地の話を聞くにつけ、「本当に困っている人たちを支える日本の国際貢献でなければならない」と強く実感しました。その時から政府、民間、ボランティア団体も含めた支援活動を開始したのです。
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訪問教育を拡大

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重い障がいや病気で養護学校に通えない子どもたちに、養護学校の先生が家庭訪問して教育を行う「訪問教育」制度。しかし、その対象は小中学生まででした。 「どんな子にも教育を受けさせてあげたいんです!」――音弘志「訪問教育親の会」代表の胸をつく言葉。脳裏に浮かんだ母の思い出。実現に動き始めました。
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参議院議員

離島振興支援:八丈小島の漁場とヤギを救え!

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「ヤギが漁業に深刻な被害を及ぼしている!」

八丈島町議からの報告に、はじめは耳を疑いました。そこには、離島ならではの深刻な問題があったのです。
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改正官製談合防止法の成立をリード

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2006年、旧成田空港公団や防衛施設庁等、官製談合事件が相次いで勃発。党のワーキングチーム顧問として、談合に関与した公務員や特定法人職員などに対する罰則規定を盛り込んだ「改正官製談合防止法」の成立をリードしました。

公明党代表

公明党代表に就任

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2009年9月、公明党の代表に就任。党の再建へ、率先して現場を走り、第一線の声を伺おうと、全国47都道府県を回りました。

震災復旧・復興支援

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2011年3月11日に起こった未曾有の大震災。当時、民主党を中心とした政府・与党は、的確な手を打てずにいました。実際に現場を見、被災者の話を直接聞くにつけ、いてもたってもいられず、復旧・復興に全力をあげる旨、政府に伝えました。
震災直後からの半年で、党が政府に対して行った復旧・復興に関する政策提言と申し入れは16回766項目。2011年に成立した議員立法は31本を数えます。
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どこまでも「一人の人を大切にする政治」の実現へぶれずに筋を通す!最後までやり抜く! 山口なつおは、今日も現場を走ります!

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