鈴花ちゃんご入学おめでとう!

青木鈴花ちゃんにお会いしたのは昨年秋、「全国訪問教育親の会10周年記念大会」の折でした。「訪問教育親の会」というのは、養護学校高等部に通学できない重度の障害をもった子の家庭に先生が訪問して教育の機会を与えてもらいたいとの署名運動を展開した親御さんたちの会です。10年前、代表の音弘志ご夫妻たちから要望を受け、私はその実現を国会質問で強く求めました。私の母が入院中の病児を教える院内学級の担任教師をしていた経験が私を駆り立てたのです。文部大臣が実態調査を約し、調査と試行をへて4年後全国で本格実施されるようになりました。訪問教育が定着したことを見届けて、10年目の喜びの再会となったのです。国会議員でただ一人参加した私は音さんと固い握手を交わしました。

鈴花ちゃんはその会でご両親とともに紹介されました。のどの障害で痰を吸引して取り除く必要があるため公立保育園の入園を拒否されたのです。皆といっしょに学びたいと素直に私たちに訴えました。普通の声ではないのですがしっかり話すことができます。屈託のない明るい笑顔が誰しもの共感を誘うのです。両親は裁判で争い入園が認められました。鈴花ちゃんは努力して自分で痰を吸引できるようになり、この春、ついに公立小学校への入学が許可されました。すべての人に教育を受ける権利が実現できるようこれからも私たち公明党の挑戦は続きます。鈴花ちゃんご入学おめでとうございます。

公明党の持ち味!それはネットワークの力

公明党の持ち味は、国会議員と地方議員のネットワークを活かして、連携プレーで政策実現を推進するところにあります。乳幼児医療費の無料化拡大、バリアフリーの駅や街づくりなどはその典型例です。その持ち味をさらに発揮するためにも統一選・参院選は絶対に勝たねばなりません。

この夏(2007年)、参院東京選挙区に挑む私にとって忘れることができないのは、三宅島の浅沼功一郎村議からの一本の電話です。昨年のいまごろ、「山口さん、北側国土交通大臣に是非三宅島を訪問してくださるよう頼んでください。4年間の全島避難から帰島した島民を励ましてもらいたいんです。さらなる復興をお願いしたいんです。」切なる電話がかかってきました。「わかりました。多忙の大臣ですが、何とかお願いしてみましょう。」と引き受けました。大臣も聞き届けてくださり、昨年3月に大臣の訪島が実現しました。ヘリで飛ぶ大臣を迎えるべく私は前日に夜行の船で三宅島へ向かいました。ところが、翌朝、三宅島を眼前にしながら荒波で港に接岸できず、そのまま八丈島へ行くはめになりました。なすすべもなく、折り返し便は三宅島へ寄港できる当てもなく東京へと出港しました。まだ波は高かったものの、やっと三宅島の港に接岸することができました。

すぐさま、大臣と村長さんらの懇談会場へ。会場のドアを開けるなり、村長さんが「山口さん、やっと着いたね。八丈島経由で三宅島へ来る人は珍しいよ。」といたずらっぽい目をして言うではありませんか。さらに「でもいい経験をしましたね。」私がけげんな顔をしていると「三宅の人はいつも船がいつ来るかと不安な気持ちで暮らしています。生鮮食品や医薬品など生活必需品も船に頼らざるをえません。そんな島の人々の気持ちを山口さんに身体で実感していただいて本当によかったと思っているんです。」やっと村長さんの言葉の意味が飲み込めました。村長さんはすかさず大臣に「少々波が高くても船が接岸できる港を造ってください。」大臣が港の改修工事の完成予定を聞くと「平成38年の予定です。」一同からため息がもれました。

大臣は「災害で長い間ご苦労された島の人たちに報いてあげられるよう努力してください。」と国交省と東京都の職員に思いのこもった一言。検討の結果、ついに今年度から港の改修工事完成予定を早める工事が開始されることになったのです。村会議員の一本の電話が連携プレーで政策を実現した瞬間でした。

その浅沼さんが「次は空港の再開を」との希望を託してこのほど急逝されました。誠実と行動の人でありました。心からご冥福を祈ります。

”ローカルマニフェスト”公明党多摩市議団の挑戦

去る8月5日(2006年)、多摩市公明党ローカルマニフェスト策定委員会主催のサマーフォーラム2006に参加して驚いた。当初、市議選にローカルマニフェストがなじむかいぶかったが、フォーラムが進むにつれ杞憂にすぎなかったことが判明した。満席の聴衆を前に、慶大の曽根泰教教授の講演が始まった。マニフェスト論議の第一人者である教授は、最近の韓国地方選挙でのローカルマニフェストをめぐる様々な試みを例に、「応用の時代」に入ったとして明快な分析を展開した。

昨年の都議選前、東京青年会議所主催の公開討論会で教授はコーディネーターを務めたが、そのときの論議よりはるかにレベルアップしていることを教授も私も実感した。続いて、渡辺市長も参加して、市民代表によるパネルディスカッション。安藤市議がコーディネート。次々と多摩市の課題と要望が語られ、市長から市の取組みが紹介されていく。なかでも、市民間の交流・心のかようコミュニティーの形成の必要性の訴えは切実である。こうしたやり取りを通じ、ローカルマニフェストが策定されていく過程が垣間見えるようだ。

最後に、東京都本部を代表して御礼の挨拶に立った私は、こう締めくくった。近年、首長選挙でもマニフェストが多用され、その検証を通じて市民参加が促されている。曽根教授の指摘のように「応用の時代」に入り、着実に進化しているのである。マニフェストは広く言えば“政策実現力の信用度をはかるモノサシ” であり、政策実現の意志と能力のない者を選別する役割を持っている。市議選においては、首長を支持するか、議会における多数派を形成できるか、都議会や国会と連携して政策実現できるか、この3つの要素を兼ね備えるほど政策実現力は高いといえる。ここに市議選においてマニフェストを掲げる意義がある。

多摩市において公明党市議団は、この3つの要素を満たしており、他の追随をゆるさない位置にいる。問題は、マニフェストの中身であり、策定と検証の過程に市民が参加する枠組みを作ったところに、先進性がある。このたびの取り組みは、曽根教授によれば、きわめてユニークなものであり、市議団と策定委員会の皆さんに敬意を表するとともに今後期待したい。これを機に、地方議会選挙においてもマニフェスト運動を展開してみてはどうだろうか。

情緒豊かな子どもたちに

先日の新聞で、小学生が地域の図書館から借りた図書の数が一人当たり18.7冊と過去最高となったという記事を目にした。テレビゲームや漫画の普及によって、子どもの活字離れが指摘されるようになった。一説によると子ども時代の「読書」は、脳の発達に影響を与え、また豊かな感情表現を養うという。

公明党は、子どもが健全に成長していけるような良書に親しめる機会を提供するために、読書運動プロジェクトチームを設置し、学校での「朝の読書」運動をはじめ、家庭や地域での読み聞かせ運動、さらに読書セミナーの開催等、精力的に全国各地で読書推進の活動を行ってきた。

本年、朝の読書推進協議会が行った調査によると、「朝の読書」実施校が、小学校でおよそ1万4千校、中学校でおよそ6千5百校となり、実施率が全体の56%に上っている。この「朝の読書」運動は、授業前の10分間、生徒と教師が一緒に、自分の興味がある本を自由に読むというもので、1988年に千葉県にある私立女子高校の林公教諭(全国朝の読書連絡会名誉会長)の提案で開始されたものである。以降、この「朝の読書」運動は着々と全国的な取組みへと発展してきた。

朝の読書が定着した学校では、「子どもに落ち着きが出てきた」「読解力がついた」「遅刻やいじめが少なくなった」などのさまざまな効果が報告されているという。国会においても、2001年に公明党の主導で「子ども読書推進法」が成立した。この法律の制定を受けて、UNESCOの制定した「世界本の日」と歩調を合わせ、国内でも読書推進の行事が活発に行われるようになった。さらに、読書環境を整備する予算も大幅に拡充されるようになった。

私は、次世代を担う子どもたちのために、何を残してあげられるだろうかと常に自分に問うてきた。子どもたちの読書数が増えているというこの記事に、公明党の地道な取組みが実を結びつつある確かな手ごたえを感じると共に、良書を通して、子どもたちが豊かな情緒を育む姿を想像し、少しうれしい気持ちになった。