やり遂げたい「人間の復興」

掲載記事2016年03月16日 (水曜日)

東日本大震災から5年、今も17万人以上が避難生活

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東日本大震災5周年の追悼式が11日、東京と被災地各地を中継で結びながら、しめやかに営まれた。1万8000人以上の死者・行方不明者が出た地震や津波、それらに起因する原子力発電所事故が複合した、まれにみる大災害であった。

当時、野党だった公明党は「災害対応に与党も野党もない」との立場で全面的に協力を申し出た。地方議員と国会議員のネットワークを生かし、被災地、被災者に寄り添う思いで現場のニーズを吸い上げ、民主党中心の政府に対応を促していった。

初期は、緊急車両用のガソリンや病院の自家発電用の重油を調達し、避難場所に必要な赤ちゃんのおむつやお年寄りの持病の薬を届けるなど民間支援を含めて緊急対応にあたった。原発燃料プールへの冷却水注入のため、高所コンクリート圧送用の「キリン」と呼ばれるドイツ製特殊車両の提供も仲介した。

ついで、復興プロセスを、縦割りを防いで一元的に進めるために、野党・自民党とも協力して「復興基本法」を制定し、「復興庁」を創設し、「復興債」による財源を調達し、償還の道筋も明確にした。

公明党は、全国会議員に岩手・宮城・福島の被災3県を分担させ、仮設住宅のアンケートに基づき、お風呂の追い炊き機能や物置を追加設置させるなど継続的にフォローしていった。

自公政権になって、復興庁や経産省の副大臣を担当した公明党議員は、現地の拠点に張り付いて、現場との信頼関係を築いていった。内閣改造でも現地に請われて続投を重ね、継続性を重視した復興を推進した。

福島県では、赤羽一嘉前経産副大臣が「イノベーションコースト構想」を打ち出した。原発事故による廃炉過程にロボットなどを使って廃炉技術を確立し、再生可能エネルギーの開発普及技術の国際拠点とする構想だ。

私は福島県楢葉町で12日、その1つである「楢葉遠隔技術開発センター」を視察した。やがて世界に貢献できる未来性を予感させる。

楢葉町の住民の方々とも懇談した。印象に残ったのは、「女性の声を受け止めて帰還を進めてもらいたい」という男性の話と、「悲観的な情報ばかり提供して、帰還に踏み切ろうとする多数の人々の気持ちを萎えさせてしまっているのは困る」という複数の厳しい指摘であった。

復興は着実に進み、来年度から「復興創生」期間に入るが、いまも約17万4000人が避難生活を余儀なくされていることを忘れてはならない。

自公政権は「風評」や「風化」と闘いながら、ひとり一人の被災者が前へ進めるよう寄り添って、「人間の復興」をやり遂げたい。

さて、民主党と維新の党が合流してできる新党の名称が「民進党」と決まった。台湾には5月から政権を担当する「民主進歩党」(略して民進党)がある。あやかったのかは分からない。ただ、名前だけ変えても、中身が変わらなければ有権者の信頼は得られない。

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