集団的自衛権の見直しは慎重な議論必要

掲載記事2013年08月21日 (水曜日)

~連立のパートナーとして補完する立場で外交進めたい~

安倍晋三首相は8月15日、靖国神社への参拝を見送った。安倍首相のこれまでの主張からすると、心情的には忸怩(じくじ)たるものがあったかもしれない。しかし、政権が安定し、中国や韓国との関係改善が期待される状況で、首相として熟慮した結果だと思う。

安倍首相は、第1次政権のときもそうした配慮をしており、私は「首相は賢明な対応をされるであろう」と申し上げてきた。深刻な外交問題化することは回避された。

一方、同じ日の全国戦没者追悼式の式辞で、歴代首相が繰り返してきたアジアの人々への「反省」の言葉がなかったことが、一部メディアで問題視された。確かに、「わが国の戦没者を追悼する首相の思い」が表現されているように感じた。

しかし、だからといって、アジアの人々に多大な苦痛と損害を与えた歴史の「反省」を否定しているわけではないと思う。安倍首相は「歴史に対して謙虚に向き合い、学ぶべき教訓を胸に刻み」とも述べており、内省する姿勢をきちんと表現している。あえて言えば、「学ぶべき教訓」の内容を外に伝える努力があってもよいのかもしれない。

安倍首相は、集団的自衛権に関する憲法解釈を見直す意向と伝えられている。今日まで長年にわたって、歴代政権は「集団的自衛権は保有しているが行使はできない」という憲法解釈をとってきた。

すなわち、政府は一貫して、日本が武力攻撃を受けた場合に、必要最小限の武力で反撃できる権利が自衛権だと解釈してきた。この自衛権の使い方を「個別的自衛権」と呼んで、武力行使の範囲を限定している。長い期間定着していることから、国民も国際社会も日本は国の方針としてそうするものだと予測している。

武力行使の範囲を広げようと方針を変えるのであれば、国民にも国際社会にもよく説明する必要がある。

内閣法制局は、これまでこの憲法の考え方に従って、条約や法律などを体系的・整合的に解釈してきており、膨大な国会答弁の積み重ねがある。それだけに、「なぜ変えるのか」「どのように変えるのか」「どのような影響が及んでいくのか」など、大きな国の方針に関することだけに、慎重に議論することが大切だ。

私は来月8日から13日まで、訪米する予定だ。公明党代表として10年ぶりとなる。日米同盟は日本外交の基軸であり、日米関係を連立政権として強化する取り組みが重要である。連立政権のパートナーとしての公明党の役割も認識を深めてまいりたい。安倍外交を補完する立場から政治交流を進めたい。

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